ホップワークスアーバンブルワリートータリーチルヘイジーIPA

TOTALLY CHILL HAZY IPAトータリー チル ヘイジーIPA

COLUMN夏の夕方、ビーチでチルアウトしながら飲みたいヘイジーIPA

チンパンジーのような動物が描かれたイアンパクトのあるパッケージのこのヘイジーIPAは、HOPWORKS URBAN BREWERY(ホップワークスアーバンブルワリー)のTOTALLY CHILL HAZY IPA(トータリー チル ヘイジーIPA)。暖かい季節に手に入るシーズナルクラフトビールです。

グラスに注ぐと豊かな泡立ちとともにヘイジーIPAらしさのある霞みがかったイエローゴールドの液色とご対面。

口に含むとヘイジーのなめらかでクリーミーな口当たりとともに、パイナップルやマンゴーのような南国フルーツの濃ゆく甘いフレーバーがジュワッと広がります。

ライトミディアムボディの厚みのある味わいですが、後味は驚くほどみずみずしく、ゴクゴクと流し混んで喉を潤したくなるのどごし。

ビールの名前にあるように、暑い夏の夕方、ビーチで完全にチルアウトしたいときに楽しみたいようなリゾート気分のヘイジーIPAです。

ホップワークスアーバンブルワリーのクラフトビール

トータリー チル ヘイジーIPAのブルワリー / ビアスタイル / 原産国

ホップワークスアーバンブルワリーのロゴ

HOPWORKS URBAN BREWERYホップワークスアーバンブルワリー

Hopworks Urban Brewery(ホップワークスアーバンブルワリー)は、クリスチャン・エッティンガーが2007年に設立したアメリカ、ポートランドのブルワリーです。 クラフトビールと食事を楽しめるパブも経営しており、ビールのデリバリーも行っています。 クリスチャンが初めて醸造を行ったのは両親の家のキッチンで、大学生最初の夏休みのことでした。 それは将来、自分の醸造所を開くことを決意した瞬間でもありました。 そして大学卒業後に、オレゴンの醸造所創業者の多くを輩出したユージーンシティブルワリーで醸造家としてのキャリアをスタートさせます。 その後の躍進は目覚ましく、アメリカンブルーワーズギルドにて、インテンシブ・ブルーイングとサイエンスアンドエンジニアリングコースを修了。ポートランドのローレルウッドパブアンドブルワリーで醸造中にワールドビアカップチャンピオンのブルーマスターを受賞。 まさにアメリカンクラフトビールの新進気鋭のブルーマスターがクリエイティビティ溢れるクラフトビールを開発・醸造しているのがホップワークスです。 麦芽とホップは有機栽培の原料を使い、環境にやさしい持続可能な醸造を続けていくことを目標・方針としており、電気やガスなどの人工エネルギーを使った分のコストは、自然環境を保護する団体に寄付するなどして、二酸化炭素削減に対する取り組みをしていることも特徴です。
5種類のクラフトビールが注がれたグラス

India Pale Aleインディアペールエール IPA

IPA(インディアペールエール)は、ペールモルトを使用して上面発酵で作られるペールエールの一種で、ホップの風味が強いことが特徴です。 1815年ごろにイギリスからインドに輸出するための長い船旅に耐えられるよう、ペールエールよりも麦芽を多く使用してアルコール度数を高めて劣化・腐敗を防げるよう保存力を高めたビールが開発されました。そして、1829年に「IPA(インディアンペールエール)」の呼び名で広告が掲載されて以来、ホップの比重が高いビールとしてイギリス国内で人気が高まっていき、21世紀にはイギリスで最も人気のあるビアスタイルの一つとなりました。イギリスのブルワリー教会SIBAの金メダルを受賞したブリュードッグの「パンクIPA」などが有名です。 伝統的なIPAのスタイルは、オーストラリアやニュージーランドなどの当時の植民地諸国へと輸出され、各国へと普及していきましたが、アメリカではさらに独自の進化を遂げてきました。 ローストしたモルトを使用した「ブラックIPA」、アミログルコシターゼという酵素を加えて頭部を取り除きドライで爽やかな飲み口を実現した「ブリュットIPA」、ホップが強烈でアルコール度数が7.5%を超える「ダブルIPA(インペリアルIPA)」、苦味の少ないホップを使い、ジューシーな柑橘系とフローラルのフレーバーが特徴の「ニューイングランドIPA(ヘイジーIPA・ジューシーIPA)」など様々なIPAのスタイルが存在します。
アメリカの風景

United States of Americaアメリカ

アメリカには6,000以上のビール醸造所があり、世界のクラフトビール市場を牽引している国のひとつです。 しかし、今日に至るまで、常にたくさんの醸造所がアメリカのクラフトビール市場に賑わいをもたらしていた訳ではなく、その歴史には紆余曲折がありました。 当時、アメリカのビール醸造所の数は1873年に一度ピークを迎え4,131箇所もありました。しかし、1920年から1933年にかけて、禁酒法と第二次世界大戦中の厳しいビジネス状況下でその数は50未満にまで落ち込みます。 1970年代後半になり、ホームブルー解禁の影響も受け、何千人もの人々が個人消費のためにビールの自家醸造を始めていました。その中、企業家精神を持った人々によってビジネスモデルが見出され、徐々にマイクロブルワリーが姿を現し始めます。 火付け役の一人となったのがカリフォルニア州にニューアルビオン醸造所を設立したジャック・マコーリフです。彼はアメリカ海軍に勤務している間、世界中を旅して様々な土地のビールを口にしました。そして、スコットランドに在住中、スコットランド人が飲むガツンとした飲みごたえのあるビールに夢中になり、海軍での任務を終えたのちに醸造所を設立しました。 1980年代初頭、ニューアルビオン醸造所はわずか6年あまりで事業を終えてしまいます。しかし、彼の成し遂げた業に何百人もの人々が触発され、その後1990年の初頭にかけて数十の新しい醸造所がアメリカに生まれます。 1990年代、何十ものスタートアップクラフトビール醸造所が熱心に技術開発に取組み、クラフト醸造の基盤を作り上げました。そして2000年代、アメリカビール市場におけるクラフトビールブームとともに醸造所の数は急成長を遂げ、かつての活気を取り戻したのです。