バテレアンフラクタセッションIPA

Anfracta Session IPAアンフラクタ セッションIPA

COLUMN香りをかみしめながら味わいたい、優雅なセッションIPA

VERTERE(バテレ)のAnfracta(アンフラクタ)

パッケージにはバスケットゴールの前でキックボードする男性の写真が載っていますが、ビールの味わいや名前との関連性はありません。

グラスに注いだ液色はIPAらしい澄んだゴールド。ライトな飲み心地を予感させます。

口あたりは軽やかながら少し強めの炭酸で締まりを感じます。

そして、口に含むと広がる「草っぽいアロマ」と「パインフレーバー」のバランスが心地よく、IPAに期待する「ガツンと系の苦味」とホッピネスも健在。

ライトだけど、一口一口、香りをかみしめながら味わいたい優雅なセッションIPAです。

バテレのクラフトビール

アンフラクタ セッションIPAのブルワリー / ビアスタイル / 原産国

バテレのロゴ

VERTEREバテレ

VERTERE(バテレ)は東京都の奥多摩にあるマイクロブルワリーです。 都心からのアクセスが決して良いわけではないこの地にブルワリーをつくった理由は「緑と気持ちのいい空気、そして綺麗な水があるから」 そして、めまぐるしく流れゆく都心の時間のスピード感から距離を置いて、自分たちのペースでビールづくりをするために奥多摩の地を選んだとのこと。 VERTEREのビールづくりのテーマは「誰とどこでどうやって飲むか」 より気持ちのいい場所、状況で飲むことにマッチした「飲んだ人の価値観を変える」クラフトビールを目指し、少量生産のスタイルで様々なスタイルのビールをつくっています。 「白い背景に写真と英名、ビアスタイル」というシンプルなパッケージが特徴的なバテレのビールですが、パッケージのデザイン・名前・ビアスタイルには意図的に関連性をなるべく持たせないようにしているそうです。 その理由は「なるべく事前に得られる情報を減らして、先入観を持たずにビール飲めるように。そして、飲んだ時の印象を強く感じてほしいから」 由来などがあるのかと気になって調べてしまいますが関連性はないらしいので、潔く、バテレのビールの香りや味わいを楽しみましょう。
5種類のクラフトビールが注がれたグラス

India Pale Aleインディアペールエール IPA

IPA(インディアペールエール)は、ペールモルトを使用して上面発酵で作られるペールエールの一種で、ホップの風味が強いことが特徴です。 1815年ごろにイギリスからインドに輸出するための長い船旅に耐えられるよう、ペールエールよりも麦芽を多く使用してアルコール度数を高めて劣化・腐敗を防げるよう保存力を高めたビールが開発されました。そして、1829年に「IPA(インディアンペールエール)」の呼び名で広告が掲載されて以来、ホップの比重が高いビールとしてイギリス国内で人気が高まっていき、21世紀にはイギリスで最も人気のあるビアスタイルの一つとなりました。イギリスのブルワリー教会SIBAの金メダルを受賞したブリュードッグの「パンクIPA」などが有名です。 伝統的なIPAのスタイルは、オーストラリアやニュージーランドなどの当時の植民地諸国へと輸出され、各国へと普及していきましたが、アメリカではさらに独自の進化を遂げてきました。 ローストしたモルトを使用した「ブラックIPA」、アミログルコシターゼという酵素を加えて頭部を取り除きドライで爽やかな飲み口を実現した「ブリュットIPA」、ホップが強烈でアルコール度数が7.5%を超える「ダブルIPA(インペリアルIPA)」、苦味の少ないホップを使い、ジューシーな柑橘系とフローラルのフレーバーが特徴の「ニューイングランドIPA(ヘイジーIPA・ジューシーIPA)」など様々なIPAのスタイルが存在します。
日本の風景

Japan日本

日本には、明治時代、全国に100を超える小さなビール醸造所が存在していました。当時は清酒以外の酒類には酒税が課せられておらず、ビールには酒税が課せられていませんでした。しかし、明治34年12月軍備増強のための国税収入のため、ビールにも酒税が課せられることになり、資金力の弱い小さなビール醸造所はその負担に耐えきれず姿を消していきました。これによりビール作りは戦後しばらくも資金力のある大手だけのものとなっていました。 しかし、1994年(平成6年)、経済政策の一環としてに酒税法が改正され、ビール製造免許に必要な最低製造量が、従来の年間2,000キロリッターから60キロリッターに引き下げられたことで転機がおとずれます。これにより、再び小規模な醸造所の市場参入が可能になり各地で多くの地ビールが誕生する流れができました。ちなみ、地ビール製造免許第1号は新潟県のエチゴビールと北海道のオホーツクビールで、国産地ビール第1号ともいえる「エチゴビール」 と「オホーツクビール」が発売されました。 この経済政策は功を奏し、日本中に続々と地ビール製造業社が生まれ、地ビールブームと呼ばれるまでとなり一時は260を超す醸造所が全国各地に誕生しました。しかし、ただブームだけに乗って参入したきた業社は、ビールの品質が低かったり、販路をもたなかったりと、地ビールの話題性だけでの経営は長続きせず徐々にその数を減らしていきました。 しかし、2011年頃よりクラフトビールに徐々に火が付きはじめます。それまでの醸造所/地ビールからブルワリー/クラフトビールというような呼称の変化も見られ、若者を中心にビールの新たなスタイルとして受け入れられるようになりました。一時は200程度まで減った醸造所も徐々に増え、現在では全国に300近くの醸造所が個性的なビールを作っています。